公園憩いの場・鶴見: 2008年1月アーカイブ
クオス横浜鶴見の周辺の公園の案内です。
国時代の末期から江戸時代にかけて、各
地で大規模な治水事業が実施されました
が、鶴見川流域では、開発の規模は小さ
いものでした。また、江戸時代に鶴見川は
舟運にもかなり利用されるようになり、物資
の輸送が盛んとなりました。しかし、鶴見川
は川の規模が小さいことから、地形的な事
情もあって、鶴見川流域は、江戸に近接し
ているという地理的条件に恵まれながらも、
社会経済的に発展してきた地域とは言えず、ごく最近まで貴重な緑の空間を数多く残すことがで
きました。

明治時代に入ると、日本で最初の鉄道が
鶴見川を横断して新橋-横浜間に開通し、
生麦地区などでは海面の埋め立てが行わ
れ、鶴見川河口部では京浜工業地帯の
礎が築かれていきました。関東大震災や
第二次世界大戦により、横浜市一帯も大
きな被害を受けましたが、復興とともに、
工業化が更に進みました。
戦後、鶴見川流域は、自然豊かな環境
も数多く残されていましたが、著しい市街
化が進みました。国際都市横浜に位置し、
首都東京にも近いという条件により、下流
域では京浜工業地帯が発達し、主要交通
機関の発達に伴って中流域を中心に急速
な都市化が進みました。その結果、現在で
は鶴見川は国内でも有数の典型的な都市
河川となっています。
鶴見川流域では、都市河川ならではの対策として「総合治水対策」を全国に先駆けて推し進め、
一定の成果を収めてはきました。“水循環系の健全化”をキーワードに「総合治水対策」をより
発展させた「鶴見川流域水マスタープラン」を策定しました。
地域の中の鶴見川
鶴見川流域では、市民・行政・企業で構成された「ふれあって鶴見川」実行委員会を設置
し、流域が一体となって広報活動を展開しています。
鶴見川・いき・いきセミナー
鶴見川いかだフェスティバル
などを実施しています。
鶴見川下流では、新鶴見橋(横浜市鶴見区)~河口(横浜市鶴見区)までの間、サイクリン
グロードが整備されています。ヨシやオギ等の群落が形成され、オオヨシキリ、セッカ等の野
鳥の貴重な生息地にもなっています。
散策コースとしてお勧めは、
1 生麦魚河岸通り ( JR国道駅付近より約300mにわたって続く、魚河岸通りです。)通りに
沿って、多くの魚屋が建ち並んでいます。この辺りにあった昔の生麦村は、江戸時代、幕府に
魚を献上した御菜八ヶ村の一つでした。現在では、この魚河岸通りで朝市が開かれ、新鮮な
魚介類が出揃います。
2 河口干潟
地元で投棄された貝殻が堆積し、いつしか干潟状になりました。ハゼやカモなど水辺の生き
ものでにぎわいます。
3 生麦事件碑
幕末の文久2年、生麦で起こった島津藩による英国人の殺傷事件が、生麦事件です。その後
の明治16年、鶴見の黒川庄三が、事件で亡くなった英国人リチャードソンの死を悼み、生麦事件
碑を建てました。生麦事件参考館(要事前連絡045-503-3710)も必見です。
都市防災と緑の環境が保てるように配慮
された公園。テニス、野球、ローラースケ
ート、ジョギングなどで汗を流したり、四季
の植物も楽しめる。
お昼時はサイレンが一斉に鳴り響き印象的
です。
所在地 鶴見区弁天町3-1
